私の自己批判を含めた問題提起
LINE等、いわゆるSNSに対する「不信」を拭い去ることができず、今では「古い」「時代遅れ」と言われている「ブログ」で私の想い等を含めた情報を発信したいと2年前ぐらいに皆さんにブログ開設を案内し、数件の問題意識を掲載したのですが、体調不調もあり、更新することができていませんでした。
この間、袴田さんへの「冤罪」が確定し、あまりにも酷な長期拘留につながった再審請求の見直しがさまざまに論議されることになっています。
その論議の中で、当時マスコミで連日報道され、皆さんも記憶に残っているのではないかと思いますが、「和歌山カレーヒ素事件」も「冤罪」であるとの報告もされており、私の事件の捉え方を自己批判的に捉えかえす必要に迫られることになりました。
死刑が確定された2009年5月18日の最高裁上告棄却当時の私の事件に関する捉え方、そして、その後の弁護団からの再審請求について報告し、「和歌山カレーヒ素事件」も「冤罪」ととらえるべきとの私の考え方を提起させていただこうと思います。
★袴田さん「冤罪」=「無罪決定」
袴田氏は、1966年8月18日に逮捕され、1981年11月19日には最高裁が上告棄却し、死刑判決が確定。第1次再審請求は2008年3月24日に最高裁が特別抗告を棄却して終了。2008年4月25日、弁護団は第2次再審請求を静岡地裁に申し立て。静岡地裁は再審開始を決定、袴田氏は釈放される。しかし、検察官が即時抗告し、2018年6月11日東京高裁は、再審開始決定のみ取消、弁護団が特別抗告。2020年12月22日最高裁は、高裁決定を取り消して差戻し。2023年3月13日、東京高裁は、2014年の静岡地裁の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却決定、検察官が特別抗告をしなかったため、再審開始が決定。
2024年9月26日、静岡地裁は袴田氏に再審無罪判決を言い渡し、10月9日に検察官が上訴権を放棄したことにより、袴田氏の無罪が確定しました。
逮捕されてから再審による無罪決定まで、なんと58年もの取り返しのつかない際月が流れてしまったのです。
★「和歌山カレーヒ素事件」も冤罪?!
この袴田氏の冤罪=無罪決定を受け、再審制度の見直しがさまざまな分野で論議されて来ています。
その論議の中で、「和歌山カレーヒ素事件」も「冤罪」との報告がされているのを読み、私自身の考え方の見直しを迫られました。
この和歌山カレーヒ素事件は、1998年7月25日、地域の夏祭りで出されたカレーに毒物が混入され、67人が急性ヒ素中毒に陥り、4人が死亡するとの悲惨な事件であり、数ヵ月にわたり、「お昼のワイドショー」などで連日報道され、週刊誌・月刊誌でとりあげられましたのでまだ覚えておられる方も多いと思います。
この事件については、被告とされた林眞須美氏の強烈な個性(家まで押しかけ話を聞こうとするマスコミ関係者に「返れ」とホースで水をかける眞須美氏の姿が全国のテレビで流された)やカレー事件とは別件の「保険金詐欺」での逮捕といったこともあり、メディアの報道も受け、眞須美氏は「毒婦」と呼ばれる状況でした。
私自身も、無意識のうちにメディアの影響を受けたのか、「眞須美被告は黒」との印象が拭い去れなかったのは事実です。
しかし、今なお「死刑」が刑法に明示され、死刑制度が残っていることには反対であり、即時死刑制度の廃止をするべきと思っていますが(このことについては、別途このブログにも私の問題意識を提起したい)その基本的な問題は別として、あくまでも裁判判決として眞須美被告を死刑とした地裁判決、その地裁判決をほぼそのまま踏襲し最高裁が死刑判決(上告棄却)を出したときには、完全に間違った判決であり、「黒に限りなく近いと思われるがあくまでも灰色であり、灰色である限り「疑わしきは罰せず」として『無罪』であるべき」との考えから、最高裁判決は大きな誤りを犯したと捉えていました。
★眞須美被告死刑判決当時私が「灰色」であり「無罪」と捉えた根拠
私が「灰色」であり「疑わしきは罰せず『無罪』と考えた根拠は下記の3点です。
① カレーにヒ素を入れ、人を殺そうとした動機・目的がまったく明らかにされていない。
② 眞須美被告がカレー鍋にヒ素を入れたことも何ら立証されていない。
③ 眞須美被告宅にあったヒ素とカレーに入れられたヒ素が同一であったとする判決の問題点。
以上の3点につて、判決で有罪の立証ができていない、物証の捉え方に問題がある、と捉えた項目です。
以下項目ごとに少し詳細に見ておきたいと思います。
①について
⇒ 判決において裁判所は「動機が不明確である等の事情は、極めて高い蓋然性で推認される被告人の犯人性の判断に影響を与えるものではない」と述べ、最高裁も「動機未解明」のまま死刑を確定した。
②について
⇒決定的な目撃証言として当時16歳の少年が二ヶ月以上も経ってから「眞須美容疑者がピンク色の紙コップを持ってカレーを調理しているガレージに入っていった」と証言し、マスコミはこの目撃証言を大きく取り上げ、少年はテレビの報道番組に出ずっぱりであった。しかし、その後この少年はぷっつり姿を消し、さらに、これだけ重要な証言にもかかわらず検察は裁判の証人としていない。
③について
⇒検察も裁判所もこの事実をもっとも有力な眞須美犯人の根拠としている。
⇒このヒ素が同一ということは眞須美犯人説の有力証拠とされ、世論も眞須美犯人説に大きく傾いたといえます。
⇒しかし、眞須美被告がカレーにヒ素を入れたことが立証されない限り、この「ヒ素の同一」が眞須美被告の有罪には結びつきません。
⇒同一とされたヒ素が眞須美被告が作ったものであるなら、確かに決定的ともいえる有罪の物証になるかもしれません(それでも、眞須美被告がカレーに入れたことが立証されない限り決定的な眞須美被告の有罪立証とはならないでしょう、眞須美被告宅のヒ素をまったく別人がカレーに入れたこともないとはいえません)。
⇒しかし、ヒ素は工業製品として大量に作り出すもので、少なくとも○○会社の同一の工場で同じ原料で同日に製造されたヒ素は当然「同一のヒ素」であり、ドラム缶で何十個として製造されます。しかも眞須美宅にあったヒ素は中国から輸入されたもので、同時に50㎏入りドラム缶が日本(大阪)に60缶輸入され、この輸入ヒ素の大部分が500㌘ずつ瓶に小分けされ和歌山市内でも販売されていたとのことです。そうであるならば、当時はまだ、殺鼠剤、シロアリ駆除、農薬、みかんの減酸剤として使われており、事件当時「同一のヒ素」がどのように販売され、どこにあるのか、少なくてもカレー事件の地域と周辺地域には「同一ヒ素」の有無を明らかにする必要があります。
⇒以上のように、眞須美被告宅のヒ素とカレー混入のヒ素が同一であることのみで眞須美被告有罪とはならないのです。②の眞須美被告がカレー鍋にヒ素を入れた、このことが立証されない限り、眞須美被告有罪とはなりません。
★私が死刑判決当時の「灰色」=「無罪」と捉えた誤り
上記のとおり、最高裁判決が出た当時(2009年)、私は、和歌山カレーヒ素事件に関して「限りなく黒に近い灰色であり、灰色である限り『疑わしきは罰せず』として『無罪』とすべき」と捉えていました。
その後再審請求がされたとの情報は見ておりましたが、再審請求内容等を検討することはしておりませんでした。
今回、袴田さんの「冤罪」が確定する中で、再審請求の問題点等が多くのメディアで取り上げられ、「和歌山カレーヒ素事件」についても、「冤罪である」として再審請求がされていることを知りました。
同じ「無罪」であるとしても、『冤罪』と『灰色であるが、疑わしきは罰せず』とは大きな相違があります。
最高裁判決当時、私もマスコミ報道等により、「眞須美被告がヒ素を入れたのでは?」との捉え方をしてしまい、「黒に近いが灰色である。灰色である限り『疑わしきは罰せず』で、それゆえ『無罪』」とすべきとしており、事件情報が限られていたとはいえ、大きな誤りを犯したといわねばならないように思います。
★和歌山カレーヒ素事件も『冤罪』!
ーくつがえる死刑判決のもっとも重要な根拠
ー「眞須美宅ヒ素とカレー混入のヒ素は『同一ではない』」
再審請求は、「眞須美被告宅のヒ素」と「カレーに混入されたヒ素」が『同一』とのもっとも重要な判決の根幹に関するもので、「眞須美被告宅のヒ素と、カレーに混入されたヒ素は『同一ではない』」という、有罪判決そのものを否定するものとなっています。
この再審請求の根幹である「ヒ素の不同一」を明らかにしたのは、京都大学大学院工学研究科の河合潤教授で、河合教授はヒ素分析等の蛍光X線分析の研究でその第一人者とのことです。
弁護団は、河合教授によるヒ素鑑定に対する反証を盛り込んだ「再審請求補充書」を2013年2月に提出、2014年3月には河合教授の「和歌山カレー事件鑑定書」を和歌山地裁に提出しました。
しかし、和歌山地裁は2017年3月29日に、地裁段階でヒ素を「同一」とした「仲井鑑定」について、「(仲井鑑定)の証明力が減退したこと自体は否定しがたい」としつつも、「それだけで有罪認定に合理的な疑いが生じるわけではない」とし、再審請求を却下しました。
弁護団は、大阪高裁に即時抗告を行うとともに、ヒ素鑑定を行った仲井氏らを相手取り、計6500万円の損害賠償を求める民事訴訟も起こしたとのことです。
眞須美被告有罪の根幹をなす「眞須美被告宅とカレー混入のヒ素の同一」との事実がくつがえされているにもかかわらず、「鑑定の証明が減退した」しかし「有罪判決の合理的な疑いは生じない」とした地裁の再審棄却は科学的事実を否定するもので「暴論」としかいえず、断じて許されないと言わねばなりません。
「和歌山カレー事件鑑定書」を提出した京都大学河合潤教授は、「鑑定書」とは別に、独立した書籍として「和歌山カレーヒ素事件判決に見る裁判官の不正」を執筆されています。この書籍では、ヒ素の分析方法等、科学的・具体的記述も多く、数字を使った科学的分析等を読みこなすのはかなり難しいですが(私は化学・物理や宇宙論等好きなのですが、数学がでてくるとお手上げです)、この書籍で河合教授は「死刑判決の根拠は、ヒ素鑑定である。しかしヒ素は検出されていなかった。裁判官は、その鑑定が間違っていることを知っていた」として、「裁判官によって冤罪がつくられた」ことを証明されています。
第2次再審請求は、2017年3月29日に和歌山地裁が「再審請求棄却」し、弁護団は即時抗告。
大阪高裁は、先月27日に再審を認めない決定。
弁護団は先月29日付けで最高裁に特別抗告。
という流れになっています。
また、有罪判決の決め手となったヒ素の鑑定結果に誤りがあると主張し、和歌山地裁に3回目の再審請求をして、これも審理が進んでいるとのことです。
以上のとおり、和歌山カレーヒ素事件も「冤罪」であるとの弁護団の主張には説得力があり、最高裁等の再審請求棄却の論点はあまりにも杜撰であり、ヒ素の同一性という基本的な問題についても弁護団の具体的な問題点指摘に具体的に反論することもなく(反論できなく)、「(有罪判決の根拠とした)ヒ素同一との証明が減退した」としつつ、何ら具体的分析もせずに「有罪判決の合理的な疑いは生じない」としていることは、死刑という人の命を奪う極めて重い問題に真っ正面から応えようとしないもので許されない暴挙としかいえません。
以前の「和歌山カレーヒ素事件」を「無罪」とすべきとしつつも「冤罪」とはとらえていなかった私の自己批判とともに、やはり「冤罪」として無罪要求をしていかねばならないのではないかとの私の見解を提起させていただきました。
反論や意見があれば提起していただき、相互に論議していくことができればと思います。
2025年6月26日掲載
【参考文献】
△「毒婦」和歌山カレー事件20年目の真実
田中ひかる 著 ビジネス社
△和歌山カレー事件 真実を解き明かす
加藤幸二 著 キンドル版
△和歌山カレーヒ素事件判決に見る裁判官の不正
河合 潤 著 京都大学名誉教授
現代人文社